ソフトボール台の子宮筋腫が縮小し、無事出産できた

 愛知県/42歳・女性・主婦

 いまから18年前のことになります。2人目の子どもを妊娠したときに子宮筋腫が見つかり、このままでは流産の危険もあるのですぐに手術をするようにと、病院で強く勧められました。しかし、もともと生理不順気味だったものの不正出血や生理痛が強くなっていたわけではなく、指摘されるまで気がつかなかったので、とても戸惑ってしまいました。

 自宅に戻って夫や義父母たちと相談した結果、「光線療法を行ってみよう」ということになりました。夫の実家では以前から、義父母が熱心に光線療法を行っていて「元気でいられるのは光線療法のお陰」と常々話しているほどだったからです。貴光線研究所の『可視総合光線療法=遺伝と光線』に書いてある通りにやってみました。

 治療用カーボンは3001-4008番を使用し、両足裏部⑦・両膝部②・腓腹筋部㉙・腰部⑥(以上集光器使用せず)・陰部㉕(2号集光器使用)各10分間照射しました。ただし、足の冷えが非常に強かったので、両足裏部⑦は充分に温まるまで30分間くらい照射しました。お腹も冷たい感じがしたときは、10分間さらに追加しました。胎児の成長や子宮筋腫のため、お腹が張って苦しいほどでしたが、光線照射を続けるうちにお腹の張った感じはだんだん遠のいていきました。

 妊娠9か月すぎまで働いていましたが、どんなに忙しくても毎日最低1時間は光線照射を続けました。最初は手術を熱心に勧めた主治医も、胎児の成長が順調で子宮筋腫も徐々に小さくなっていくので、「この調子で無事出産までがんばりましょう」と言うようになりました。

 何かあるといけないので、大学病院で出産することになりましたが、陣痛がくるまでの自宅待機中も、両足裏部⑦・腹部⑤・腰部⑥にずっと光線を当て続けました。

 いよいよ陣痛がきて病院に入り、赤ちゃんの頭が子宮口まで下がっても破水せず、最後に軽くいきんだときに破水し、スーッと赤ちゃんが出てきて、本当に軽い出産でした。1人目は陣痛が起きてから出産まで3日間もかかり、大変な思いをしましたが、今回のお産は光線照射のお陰で、痛みも軽く出産することができました。

 子宮筋腫は最初見つかったときはソフトボール大でしたが、出産時にはピンポン球くらいに縮小していました。そして、出産後もどんどん小さくなり、1ヵ月目のエコー検査では完全になくなっていました。 

 もちろん現在でも健康維持のために毎日光線照射は続けています。お陰さまで、年1回の健康診断以外は病院にかかることもありません。また、子宮筋腫の再発の心配もなく、元気にすごしています。

(財)光線研究所「可視総合光線療法・治療報告と症例集」黒田一明著

kiichiro2
  • 大和市中央林間で鍼灸院・光線療法院をやってます。
    慢性疾患をよくするためには、
    自己のもつ治癒力を高めることが非常に重要です。
    このブログでは主に光線療法について、
    日光を浴びることの重要性について綴っていきます。

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